聖書や仏教では、天国は上空にあり、神や仏、霊たちが永遠に暮らす楽園です。天国を科学的に考察しました。

  聖書や仏教では、天国があると言われます。永遠の命はそこでDNA改造や整形手術で、ようやく手に入れられます。天国は上空にあるとされます。でも、見えません。本当はどこにあるのでしょう?

天国は惑星の地表にあります。それは空中にありません。
 霊は人から分離します。姿も考えもうり二つです。よって、霊は人とほぼ機能が同一で、生物です。大勢が住めるのは生物が豊かな惑星の表面だけです。霊も同じで、天国は必ず惑星の地表にあります。空中や地下では土地がなく、木々が育たず、生物もいない。食べ物はなく、家を建てる土地もなく、大量の霊はそこで安定的に暮らせません。なお、その天国は生物多様性も豊かな社会なので、生物の住む惑星上でなくてはいけません。きっと太陽系のハビタブルゾーンにあります。

天国は霊の惑星の地表にあります。空にあるというのは、誤りです。

地球上に天国はない
 地球は人が支配しています。快適で豊かな土地は人が占有しています。霊は、人や家にぶつかるため、人と同じ豊穣の大地に住めません。もし霊が地球に住むなら、彼ら霊は荒野に押し込められます。が、そこは荒れ地でとても不便で、その殺伐とした山野が天国と言えません。天国は地球上にありません。

別の次元にあるはずだ
 地球は、我々の物体と霊が存在する次元にあります。物体の中に、霊物質があります。そこは我々が支配的で、霊は脇に追いやられます。天国では霊が主です。つまり、天国は霊だけの次元にあるはずです。

 ひも理論によると、あらゆるタイプの宇宙があります。我々の宇宙は、物資とその中に霊の物質がある宇宙です。他にも、我々の物体だけがあり、霊がない唯物論的な宇宙も考えられます。霊だけがあり、我々の物体がない宇宙も存在しえます。霊が快適に暮らすには、霊だけがあり、われわれの物質が存在しない宇宙でなくてはいけません。天国はそういう粒子構成の宇宙にあるはずです。

参考「世界はなぜ「ある」のか」(ジム・ホルト 早川書房)

その霊だけの宇宙は別の宇宙ではありません
 それが別の宇宙なら、我々が観測する宇宙とは異なる別の銀河系と太陽系があります。その霊の惑星は、地球と同位置にあることはありません。別の宇宙なのに、銀河系と同一の形と重さ、惑星をもつことはありえないからです。よって、その場合、霊の惑星はどんどん地球から遠ざかります。たとえ霊でも、遠い宇宙からでは、地球と密に交流することはできません。

霊だけの宇宙は、地球の近くにあるべきだ
 地球と天国の宇宙は、距離があってはいけません。よって、その霊の宇宙は、我々の宇宙と重なるように存在することが大切です。その条件としては、天国の惑星は地球の重力に引っ張られることが大切です。すると天国の惑星はいつも地球の近くにいられます。霊の惑星がある宇宙は、我々の宇宙の影のようなものでなくてはなりません。

天国は地球と同じ位置にある、別の次元の霊の惑星にある
 そこの惑星なら、地球と同じくハビタブルゾーンにあり、生物も生じるでしょう。霊専用の豊かな土地も確保できます。地球人や幽霊がいる地球とも近く、相互に行き来できます。そこは近いため、守護霊として地球人を見守れます。天国は、地球と重なるようにして存在する見えない霊の惑星上にあるはずです。やっと、天国の場所をつきとめました。

天国は空の上にあるということの真の意味
 それは空中にあるという意味ではありません。天国の惑星の地面が、地球の上空にあるということでしょう。つまり、天国の惑星は地球よりやや大きいのです。

どうやって天国にゆくか?
 人は死ぬと幽霊となり、地球上にしばらくいます。我々には、異次元にある霊の星にゆく技術はありません。幽体離脱でも、同じ我々の世界を見るので、異次元は見ません。霊は自らの意志で天国にゆくことはできません。
 天国は地球人をみちびくほどの高度な科学技術があるはずです。そこに、地球に霊を送り、戻る科学技術はあるでしょう。霊が天国にゆくには、天国の科学技術によって、天国の霊に連れ去られるしかないでしょう。死んだ霊が天国に入るのは、天国の専権事項です。

まとめ
 天国は、霊の惑星の表面にある。それは生物豊かな惑星で、地球と重なるように存在して、地球よりやや大きい。霊は死後、自力で天国には行けない。天国がそれを決める。

以上

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